2014年1月20日月曜日

カルマ・ヨーガ(働きのヨーガ)


インドの聖人、スワミ・ヴィヴェーカーナンダさんの
「カルマ・ヨーガ 働きのヨーガ」 読了。


一言で言えば、
滅私奉公』について書かれた本でした。


ヨガにもいろんな流派があって、
こちらの"カルマ・ヨーガ(働きのヨーガ)"は、自分に与えられた義務を、結果に期待したり執着することなく、不平不満も漏らすことなく、ただ果たすためだけにに果たすことで、解脱(魂が、あらゆる束縛から完全に自由になり、二元性がもたらす苦楽から解放されること)し、至福(悟り)の境地に至ることができると教えています。


以下は私に響いた箇所を独断と偏見でシリーズにまとめて抜粋。
黄色マーカーは特にぐさっときたとこ。

 

*執着シリーズ*

P77
執着は、われわれが報いを期待するところにだけ、やってくるのです

P103
自分が果たすまわり合わせとなった義務の性質についてぶつぶつ言うのは、結果に執着している働き手です。無執着の働き手にとっては、すべての義務は同等に良く、しかも利己主義と欲望を殺して魂の自由を獲得するための能率的な道具です。
 
P146
誰かが自分に頼っている、自分はひとのために善をなすことができる、と思うのは一つの弱さです。この信念はわれわれすべての執着の母であり、この執着から、われわれのすべての苦しみが来るのです。

P174
この、「私と私のもの」が、一切の不幸をつくり出すのです。所有感といっしょに、利己心がやって来ます。そして利己心が不幸をもって来るのです。あらゆる利己的な行為または利己的な思いは、われわれを何ものかに執着させ、たちまちわれわれは奴隷にされてしまいます。(中略)そしてわれわれが「私と私のもの」と言えば言うほど奴隷状態はひどくなり、不幸も大きくなります。



*勘違い是正シリーズ*

P74
利己的な働きは奴隷の労働なのです。
 
P92
私は、宇宙の標準ではありません。私が自分を世界に適応させなければならないのであって、世界が私に適応しなければならないのではありません。
 
P140
あなたが世界に与えるものは、たいして立派なものではありません。あなたが無執着の感情をわがものとしたときには、もう、あなたにとっては善いも悪いもないでしょう。利己性だけが、善悪の区別をつくるのです

P148
誰であれ、自分は世を助けるために生まれて来たのだ、などと考えるのは、まったくのナンセンスです。それは要するに、高慢です。善徳のようなふりをした利己性です。




*義務シリーズ*
 
P32
われわれの第一の義務は、自分自身を憎まない、ということです。

P97
母親の立場はこの世で最高のものです。そこで最高の非利己性を学びかつ実践する唯一の場なのですから。
(中略)まず第一に子供たちのことを、それから彼女自身のことを考えるのが、母親の義務です。(中略)向上するたった一つの道は、自分の前に与えられた義務を果たすことです。


*二元性克服シリーズ*
 
P38
われわれは、いかなる理想をも冷笑する権利は持っていないのです。人それぞれが、みずからの理想実現のためにできる限りのことをするがよい。私があなたの標準で評価されることも正しくなければ、あなたが私の標準で評価されることも正しくありません
 

P114
人生それ自体は善いものでも悪いものでもなく、それを見るわれわれの心の状態によって、善くも悪くもなるのです。火それ自体は、善いものでも悪いものでもありません。それで自分が暖まったときには、われわれは「何という結構な火だ!」と言います。それで指をやけどさせたら、文句を言うでしょう。それでも、火そのものは善くもなければ悪くもないのです。われわれの使い方によって、われわれ内部に善いか悪いかの感情を起こさせのです。


P113
悪い行為を分析しても、そこからどこかで、何らかの善い結果が出るであろうことを知るでしょう。
善い行為の中に、そこにも何かの悪があることを見、また悪のさなかに、その中にもどこかに何か善いものがある、ということを見る人は--------働きの秘密を知った人です。



*滅私シリーズ*

P136
自分を忘れるということが、われわれが人生で学ばなければならない大切な課業なのです。
人は愚かに、自分は自分を幸せにすることができる、と思います。そして長年の苦闘の末ついに、真の幸福は利己心を滅することである、しかも自分以外に、自分を幸福にすることのできる者はいない、ということを知るのです。

 
P139
完全な自己滅却、つまり他者のために喜んで心、肉体および一切のものをささげる、ということなのです。人がこの境地に達したとき、彼はカルマ・ヨーガを完成したのです。

 
抜粋以上。



今わたしが働いている職場で出会った、「この人、神。人格者。」と思う上司は
このカルマ・ヨーガを完成した人だとこの本を読みながら思いました。

●重い荷物などを運んでいる時、どこからともなく手伝いに来てくれる
●誰に対しても、いつ何時も、態度、対応がフラットで一定
●去り際、引き際がさりげなくて後を引かない
●恩を着せない、相手に不必要な気を遣わせない
●話しかけると、いま取り組んでいる仕事の手を止めて話を聞いてくれる
●いつも穏やかで落ち着いている
●腰が低く、でしゃばらず、静かなのに存在感がある
●さわやか、フットワークが軽い

彼の特徴はざっとこんな感じ。

身近にこんな素敵な人がいることは本当にありがたい。
いつも感動する。


こちらの本、ヨギなら1回は読むであろう古代インドの聖典「バガヴァッド・ギーター」に登場するアルジュナの”義務”についての理解を深めてくれます。時々クリシュナの言葉も引用されています。

講演集なので、口語で読みやすく、たとえもわかりやすい。
ヨガをする人にもしない人にも、すべての"働く"人におすすめの一冊。

また一週間仕事がんばろう!という気にちょっとなれるかもしれません。



(文章引用元)
1989年 スワミ・ヴィヴェーカーナンダ著 「カルマ・ヨーガ 働きのヨーガ」
日本ヴェーダーンタ協会 

2014年1月12日日曜日

書道とヨガ

昨年の秋から、
合気道の道場で、
合気道と書道両方の師範でいらっしゃる先生について
"合気書道"を学んでいます。



先日の課題は《心身一如(しんしんいちにょ)》。


  • *意味
    仏教で、肉体と精神は一体のもので、分けることができず、一つのものの両面であるということ。
  • ▽「身心」はからだと心。「心身」とも書く。「一如」は真理はただ一つである意。「一」は不二、「如」は不異の意。異ならないこと。by goo辞書

合気道は、心身一如の状態で、行うものだそうで。書道また然り。
心身一如の状態の時、適度な緊張はありつつも心身は安定・リラックスし、そうなると潜在能力を発揮しやすくなるみたいです。



如っていう字、何回練習しても納得いく字にならず。。先生には特に"女"の部分が寸胴でぶさいくだと言われてしまった。笑 ぎくーっ!

手書きの文字ってそのまんま自分のその字に対する潜在&顕在意識の在り方が反映されるような気がします。

特に筆で文字を書いてる時は、いつもより集中している分、自分と、その文字との結びつきが強くなるから、そうなる。

"如"という字、、にがてやけど、
この苦手意識を克服したいので地道に練習します。意識を変えるには実践を伴った単純な反復練習が結局は近道な気がします。頭だけ動かしても何も変わらない。



集中して筆を動かし、書き終わった字を観ることで、自分の心や意識の状態を静かに観察できるという点で、書道はわたしにとっての瞑想です。

この字苦手、って思ったり、きれいに書いたろ、とエゴが出たり、書いてる途中に集中がゆるむと、途端に字はぶさいくになり、バランスや魅力を失う。実に正直です。

これはヨガのアーサナ(ポーズ)も一緒。このポーズわたしにはできない、って思い込んだり、もうちょっとかっこよくポーズしたろ、とエゴ出したり、ヨガと関係ないことを考えながらアーサナをやると、アーサナは快適でも安定でもリラックスでもなんでもない苦行になる。


書道とヨガは
どちらも一人でも大勢でも同時に出来て
各々の心と体をひとつにして(心身一如)
黙って自分自身と向き合い、
正直に自分の本質を表現、観察し、
また、
師につき練習を繰り返すことで
自らの表現力、観察力をさらに高めていけるツール。


書道とヨガの共通点はそれだけに留まらず、その日本におけるルーツを辿れば、行き付く大師匠は、弘法大師空海さま。

昨年初めて訪れた高野山金剛峰寺。

空海さんに敬意を表して
今年もまた高野山、そして、
空海さんも修行された四国八十八箇所霊場へなんちゃってお遍路をしにいこうと思ってます♫興味ある人いっしょにいきましょう。



書道とヨガ。

大好きなこの二つの道を
今年はさらに極めていこうと思います☻


書道では禅語を書くことも多いので、合わせて禅や茶の湯も勉強したいな。


2014年も貪欲に幅広くいろんなことを学ぶつもりなのでまたブログにアウトプットします。おたのしみに。




2014年1月10日金曜日

朝空♡

最近の夜明け前〜日の出♡
冬はほんとに空がきれい♡


水曜日。




今朝。





ねぼけた頭で
こんな夜明け空を見ながらの
太陽礼拝&瞑想は
極楽〜☻♡

2014年1月6日月曜日

初詣と1月のヨガクラス♩


長かった年末年始のお休みも終わり
今日が仕事始めでした。

この年末年始は家族とゆっくり過ごすことができました。
昨年兄が結婚し、家族が一人増えて迎える初めてのお正月♡

従姉妹も昨年出産し、親類がぞくぞくと増えて、嬉しいかぎり。


お正月は、大阪天満宮にお参りしました。写真の【一日一生】は父親の今年の抱負の書き初めを代筆したもの。笑

この言葉が示すように、一日一日、新しい命をいただくように、日々を丁寧に生きたいものです。

ちなみに自分はヨガの目指す境地【梵我一如】を書き初めしましたが、うさんくさいので載せません。笑


4日は、中学時代からの大親友と二人で奈良の大神神社(おおみわじんじゃ)に参拝しました。日本最古の神社といわれる、大神神社。三輪山という山が御神体。湧き水「御神水」は万病を治癒するとか。
大神神社で引いたおみくじは【大吉】でした♡

"神の恵みに感謝し
己を信じて前に進むべし"
ということで、今年も巡礼を続けながら、自分の人生を信頼して、突っ走ります。

今年は山伏修行体験と
四国お遍路巡りと
山ガールデビューを目論んでます♡



1月のマイヨガクラス、
大阪南堀江 木曜夜ヨガクラス
TGIT YOGA NIGHTは、
1/9、16、23、30の木曜日の
夜7時より行います♡♡

今月は"Yoga for Meditation(瞑想のためのヨガ)"と題して、できるだけ目を閉じてヨガを行い、瞑想をあじわいます。75分間のクラスです。

こころ静かにご自分と向き合う時間を提供できれば本望です。瞑想、なかなか家じゃできないもんね。

写真は植物性のアロマキャンドル♩ほっこりいい香りします♡

ぜひぜひ、ふらっとお越しください♡♩
お待ちしております。


ご予約、お問い合わせは
yoga.tgit@gmail.comもしくはFacebookページhttp://facebook.com/yoga.tgitまでお気軽にどうぞ*

2014年1月3日金曜日

2014年 抱負



新年明けましておめでとうございます♡
本年もどうぞよろしくお願いいたします。




2014年の元旦は
新月でした。

空も地上も、
新しいサイクルの幕開け。

今年は、自分の枠を飛び越え、いろいろなことに挑戦し、新しい自分を発掘、発見する中で、交わってくれる仲間とたくさん思い出を共有していきたいと思います(*´³`*)♡*



"Caminante, no hay camino, 
se hace camino al andar."
                Antonio Machado


「旅人よ、道はない。
一歩踏みだした時に、
道は作られる。」
              アントニオ・マチャード



スペインの詩人のことば。

自分の歩く道は、自分で作る。

結果にとらわれることなく
とにかく一歩を踏み出す。

会いたい人に会い、
やりたいことをやり、
行きたいところに行く。

たくさんの道と交わり、重なり合いながら、自分の道と、ほかの人の道の境界線をゆるめ、つなぎ、広げていく。

そんな一年にしようと思います*

どうぞよろしく♡